霊能者 日宗の寝言☆百聞は一見にしかず☆霊能者の開運霊視

霊能者 日宗の寝言

百聞は一見にしかず

私が初めて師匠(十条の先生)に出会ったのは、今から18年前のことです。



当時わが師匠は83歳。



普通に考えても新たな相談者を導いていくには、
あまりにも残り時間が無さ過ぎて、微妙な年齢だったと思います。



私もそれを感じていましたので、
師匠の時間の許す限り通うつもりでおりました。



ですから2年半の間は毎週通い続け、
多い時には週に2回通ったこともあります。



当時の私が背負っていたものは、多分それほど大きかったのでしょう。



先祖供養ひとつにしても単純に10代遡るとすると、1024人の先祖がいるわけですから、
その先祖を供養していくだけでも、かなりの時間を要することになります。



そんな私が「人生が好転してきたな・・・」と実感できたのは、
師匠との出会いから10年目くらい経過した頃ではないでしょうか。



私と師匠の出会いを皆さんと私の場合に例えるとしましょう。



私の元にAさんとBさんという相談者が来たとします。



するとそのAさんはA家の代表選手であり、
また同じように、BさんはB家の先祖を供養していくための代表選手となります。



でも、この方々は大変な役目を担う代わりに、
自分の人生を切り開いていける 【チャンス】を与えられたとも言えるのです。



先祖を一人一人供養していくには、
当然それなりの年数がかかるものです。



私の場合、
当時のわが師匠は新しい相談者を受け入れられないと考えていたようでした。



それらの事情を知らずに【霊視相談】の電話をした私でしたが、
師匠はいとも簡単に「どうぞ、いらっしゃい!」と言って、私を受け入れてくださったのです。



これは神様が私を受け入れるように、
師匠に働きかけてくださったのだと思っています。



それまでの私の人生を一生懸命に生きていたお陰で、
神様がチャンスを与えてくださったのだと思うのです。



当時の決して裕福とはいえない状態の私を、受け入れてくださったのは師匠です。



霊視を受け入れる入れないは【お金があるなし】に関係ないとの師匠の生き方や導き方を、
現在の私も受け継いで生きております。



つまり「お金持ちじゃないと救われない」なんてことはありません!



師匠の生き方そのものを手本・継承していくことが私の使命と思っていますから 、
「お金持ちじゃないと救われない」などということは、私の元ではないのです。



それでも、どういった巡り合わせなのでしょうか?
残念な事に詐欺師のような霊能者に大金を取られてから、やっと辿り着くような方々も参ります。



我々の相談所の存在の良さは、いろいろな霊能者や占い師を回ってこなければ、
違いが分かり難いのかもしれないですね。



私が言うのもなんですが、我々のスタッフは皆、私と同じ気持ちで日々修行を重ねており、
それが私の誇りでもあります。



ですから、そんなスタッフ一同と一緒にパワースポットを回っていただけたら、
私が主宰している『霊能者の開運霊視』が、皆さんにも更に深く理解して頂けると思っているのです。

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