霊能者の寝言☆守護霊になれない霊☆霊能者の開運霊視

霊能者の寝言

守護霊になれない霊

昨日の出雲のお参りは、意外にスムーズにお参りすることが出来ましたので、
関西の相談所に帰ってから、すぐに「祥月命日供養」と「祈祷」をすることが出来ました。



今回のお参りの最中、私の息子が先月の赤間神宮と同じように、
美保神社でも吐き気をもよおしてしまったようなのです。



今思えば、
息子が5歳の時も同じように美保神社で吐き気をもよおしたことがありました。



もしかしたら赤間神宮同様、
息子と美保神社の間には前世で何か関係があるのかもしれませんね・・・。



霊視をしていると、時々どうしても納得がいかないことが起こることがあります。



たとえば、両親が早く亡くなっていたり、片親が早く亡くなっていたりしていると、
この世に残してきた可愛い子供の事が気になって、
守護霊として身の回りに付いている筈なのですが、
霊視をしていても 全く姿を現わさないことがあるのです。



普通であれば、可愛い我が子と若くして死に別れてしまうわけですから、
一時足りとも我が子から離れたくないと思うのが親心というものだと思うのです。



それなのに全く姿を見せない場合があるわけです。



最近わかったことですが、これはどうやら見 せないのではなく、
可愛い我が子の前に姿を現わせない事情があるようです。



その原因は生前にあるようなのです。



守護霊として姿を現わせないのは、早く亡くなってしまった親自身が、生前先祖に関心が無かったり、
可愛い我が子にお墓参りの大切さを 教えないまま亡くなってしまっていたりすると、
守護霊として 身の回りに付いていることが出来ないようなのです。



結局、生前の自分の生き方が反映されてしまうみたいですね。



可愛い我が子に、
大切な何かを伝えたくても伝えられないというのは とても辛いことでしょう。



しかし、それはすべて自分のしたことが自分に返ってきているだけのことですから、
しょうがないのかもしれません。



人生とは厳しいものですね。

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