私はなぜか子供の頃から【霊能者】との出会いが多くありました。
これは別に私が望んでいたわけではありませんでしたので、
おそらく≪必然≫の結果だったのでしょう。
私の父方の祖母は【霊能者(拝み屋)】でしたから、
言うなれば私は生まれた時から【霊能者】が傍にいました。
私がこれまで出会った【霊能者】は下記の通りです。
2人目の【霊能者】は福島市飯坂町平野にいらっしゃった阿部妙龍先生。
3人目が私の祖母の弟子であった多七さん。
4人目も私の祖母の弟子というとても穏やかな男性の方。
5人目が高島易断として喫茶店にいらっしゃった男性の方。
6人目が東京の浅草の寿4丁目の交差点近くに住んでいた女性霊能者。
7人目が我が師匠である十条の先生(佐藤マサ)。
8人目が私が連れていかれた東京の四ツ木にいらっしゃった女性霊能者。
私は本当に不思議な程に【霊能者】に出会う事が多かったと思います。
その中でも異例の出会いが、
6人目として出会った東京の浅草の寿4丁目の交差点近くに住んでいた女性霊能者です。
本当に偶然も偶然という感じだったのです。
あれは私が25歳の時でした。
私が出張マッサージで伺った家で『先生!』と呼ばれているお婆ちゃんに出会ったのです。
私は「なんの先生なんだろう?」と思いながら、
なんとなく部屋の中を見渡したのですがよく分かりませんでした。
その後、私がそのお婆ちゃん先生のマッサージをした時の事です。
突然、そのお婆ちゃん先生が
「あなた良い運を持っている方ね!赤い物を身に付けると更に運が良くなるわよ!」
と言ってくださったのです。
私はなんとなく嬉しくて、とりあえず家に帰ってからすぐに、
白い紙に赤鉛筆で塗りつぶした物をずっと持ち歩いていました。
今となっては懐かしい時代です。
この方との出会いから十数年経ったある日の事、
私は少林寺の住職であった栗○照慶さんから、
この方の『本当の名前』を知る事になりました。
確かその名前は『霊能者の寝言』に書いてあると思います。
この方は少林寺にも度々お墓参りに来ていた方で、
ご住職が【本物の霊能者】と太鼓判を押した方だったのです。
縁とは実に不思議なものです。
どこかでちゃんと繋がっているものなのです。
私が今でもラッキーだったと思えるのは、
私が出会って来た【霊能者】が皆【本物の霊能者】だったからです。
これだけは本当に幸せな事だったと思っています。