苦言がありがたい


禅の僧堂では、

 
知って問うは、当たり前

知らずに問うは、馬鹿


知らずに問わずは、わしゃしらん
 
という言葉があります。
 
知っていて質問する事が『良い』とされているのです。
 
人間30才を越えて来ると、知っていて当たり前という事が多くなって参ります。
 
それゆえ、知らない事を他人に聞くのが恥ずかしくなる事があります。
 
まったく馬鹿馬鹿しい話ですが、要らぬプライドとしか言いようがありません。
 
この要らぬプライドのために陰でクスクスと笑われてしまうのです。
 
だからこそ、あえて苦言を言ってくれる人が、とても有り難い存在と言えるのです。
 
今の日本では、他人の子供を本気で叱ってくれるような人が少なくなって参りました。
 
これは本当に残念な事だと思います。
 
今の時代では他人の子供を叱れば、余計なお世話とばかりに嫌われてしまうのが関の山。
 
そこをあえて言える強さを持った日本人が少なくなって来た事が、日本を駄目にしているのだと私は思います。
 
私の周りには、この苦言を言ってくれる人がいます。

それが私の誇りなのです。
 
私はそういう人を一生大切にして行きたいと思っています。



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