霊視体験談*ご祈祷体験談☆愛し合うということ☆霊能者の霊視

霊視体験談*ご祈祷体験談

愛し合うということ

by: 飛鳥 みやび

「私はまだ死にたくない 娘と別れたくない」 と泣き叫ぶ母の声に私は目を覚ましました。

それは夢でしたが母の夢は見たことが無く何となく嫌な予感がしました。  

数日して母から電話があり、 「落ち着いて聞かれ、お母さん癌やった。」 との知らせに私は言葉を失い、 「私はまだ死にたくない 娘と別れたくない」 と母は激しく泣いてしまいました。

私も嫌でした、旅立つには早すぎます。

自立するのに必死で私は母には何の親孝行もしていなかったのです。

間もなく母は入院し、念のために私自身が検診を受けたところ 母の原発と考えられている同じ場所に12センチ大の腫瘍が見つかり その場で手術が決定してしまいました。

母のこと以外にも身内には様々な不幸が襲い掛かり、 おかしなことが起こり始めた、と私は思いました。 そしてネットを色々検討して私は日宗先生にお会いすることにしました。

お会いするなり、今朝から肝臓の上のほうが痛いのですが心当たりありますか と言われましたが思い当たらないので分かりません、とお答えしました。 (霊視後誰だかそれはすぐに判明致しました)

あなたの父方ではなく、母方のご先祖が思ったより大変な事になっていますよ、 と言われ元々お付き合いが無いので分からないまま霊視は始まりました。

愚かにも私は、母は嫁に入ったのだから母方は関係ないと思っていたので お墓参りは1度も行ったことがありませんでした。

「本来ならお墓に入らなければいけない男性が土に埋められたままになっています、 そんなに古い方ではありません、 戦争ではなく伝染病か何かで隔離されて亡くなっているようです。 すぐに調べてください。」との霊視に半信半疑で伯母に話したところ、 話はあっという間に母方の親戚を大騒ぎさせることになりました。

私の祖母の兄、私の母にとって伯父に当たる方が 25歳という若さで結核で亡くなり、土に埋めたまま1度も法事をしたことが無く その兄の存在すらも皆忘れかけていたそうです。

知るはずのない私が日宗先生の霊視により半世紀以上前の事を話したので、 親戚は皆必死になって動いて下さり、早々に法要が営まれて 亡くなられた方の写真を見せあい、皆でお墓参りをしました。

3年前に母の弟が急死したのですが肝臓が痛いと言っていたことも分かりました。

母はまだ入院したままですが法要をきっかけに奇跡とも思える快復を見せ始めています。

肺の癌は消え、腹水も自然に無くなり、癌で癒着の激しい腸も動き始めました。

今もまだ病院で闘病中ですし余りにも痩せこけているので 厳しく考えておりますが一時帰宅もしました。

母は私が日宗先生にお会いする前には開腹手術を受けましたが 原発が分からないほどに転移が激しく、 血液も癌化してどろどろの状態でお腹を閉じた状況でした。

ステージWの4といえばどんなに末期中の末期か、 癌を知る人はお分かりになられると思います。

闘病は壮絶なものです。

日宗先生は不思議な方で、私が心の中で考えていることに突然お答えを下さいます。

例えば、先祖供養には仏壇いるのかな、と思うと、 お線香とろうそくだけの供養でいいんです、 立派な仏壇は必要ありません、大切なのは気持ちですと言われました。

信仰を続けていきたいけれど対象となる神仏は、 と思うと即座に 阿弥陀様ですねえ、 と答えが返ってきました。

仕事はこのままでいいのやら と思っていると、 その時その時興味を持った時代でいいんですよ、と。

前世は何だったのだろう、と思うと、今見えているけれど今度話します  と言われた後に 私がある時代に非常に興味があるんですと話すと 仕方ないね、と教えてくださいました。

その前世での自分を調べて、 今の自分と似た考えなのには当たり前といえば当たり前なのですが、 千年以上経っても考え方は変わらないものだと思いました。

たった1度の霊視で、通うネタとなる?悩みが無くなってしまい困ったなと思っていたら 日宗先生が通い続けるきっかけを作って下さいました。

それは自宅にある観音様だったのですが、本当は白衣観音が欲しかったのに 魚藍観音様で余り大切にしていなかったのですけれど、白衣観音様みたいですね、

毎回持ってきてくださいと言われ嬉しくなりました。

悩みが無くなると自然にその恩を忘れて通わなくなるのを恐れて、 私は月1回のペースですが通いたいと考えていたところ、 それも見透かされたか、無理しなくていいんですよと言われてしまいました。

ご先祖が曖昧になられている方は1度、先祖供養と思って お堂をお訪ねになられるのをお勧めします。

真心からお参りされている方も、ご先祖様が明らかになれば 祈る心はもっと真実味を増すと思いますし、ご先祖様が望む供養をせずに、 自分の思い込みだけのトンチンカンな供養をする必要も無くなります。

また前世の話も将来の自分を知る上で大きなヒントになると思います。

日宗先生はお顔がぱっと輝いておられる温かい先生です。

霊視の後はスタッフの方々の冗談交じりの笑いある中でのコーヒーがとても楽しいひと時です。

しかしながら私は神仏を信じるということや教えは 摩訶不思議なオカルトとはとらえていません。

実生活に即した、当たり前の事のように思います。

でもその当たり前の事が頭では知っていても実際行動できなくて日々情けなく思います、 当たり前の事、例えば先の亡くなられたご先祖様にしても、 死んだら終わりという方も中にはいました。

血が繋がっているなら無条件に愛せるのは当たり前の事なのに。

血が繋がっている故人でさえそうならば、生きている他人に対してもそうなのかな、 と思ってしまいます。

神仏は苦しみを通して人を呼ばれると聞いたことがあります。

苦しみ、迷われている方の多くがご縁により導かれることを心より願っております。

また、今ある命が消える前に日宗先生にお会いできたこと、 良き仕事や友人らに恵まれた事を神仏に感謝致しております。

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