33.【念ずる力】を養う



いま散歩(歩く修行)から帰って来ました・・・。



私はこの歩く修行というのは、とても有難い【贅沢】だと思っています。



一般の生活をしている方々にとっては、なかなか散歩する時間を作ることさえ難しいのですからね。





我々のような修行者は、日々修行していてこそ相談者の皆さんに理解していただけるのだと思うのです。



僧侶ならお経・・・



神主なら祝詞(のりと)・・・



を一心にあげ続けるくらいの修行が必要だと思っています。





そして、一般の方々には到底できないような修行をしてこそ、



【念ずる力】が宿り、皆さんのお役に立てるようになるのだと思うのです。





私は11年前に脳腫瘍の叔母を看病しにいったとき、



叔母の傍らで観音経を100回唱え祈り続けたものです・・・。



しかし、修行者にとってはこの程度の事は序の口なのです。





私が僧侶として修行していた頃の岐阜のお師匠様などは、



法事の時に「喝!」というのですが、



その際に≪入れ歯が飛んでしまった≫ほど・・・気合を入れて死者の供養をしていたものです。



それぐらいの気迫がなければ【良い供養】など出来るわけがありません。





【今、何の目的でしているのか?】を理解していれば、



鼻水が垂れていようが鼻くそがついていようが、



格好など気にならないはずです。



大切なのは、一心に念ずる【気持ち】ですからね。





先日、私は娘の七五三のお参りに行ってきたのですが、



通り一遍の何とも心のこもらない祝詞をあげていただきました・・・(悲)。





今日はあえて言わせていただきますが、



私は0円であろうが3万円であろうが、いつも同じ気持ちで霊視や祈祷や供養をしています。



これが私の自慢なのです。



【心がこもっていない祈り】など何の意味もありませんね。





修行者なら【念ずる力】を養う修行をすべきです。




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