25.生きるとは



「生きる」ということは、誰のためでもありません。

すべて自分のために生きるのです。



人間は、生きるために神様から生かされていると言ってもいいと思います。

ですから、自殺などはもってのほかです。

自殺というのは、みずから生きることを放棄してしまうのですから、

大罪だと思います。

自殺した人の魂は、

死んだ後に必ず神様からペナルティーを課せられることでしょう。



生きることを放棄した自殺者の魂に成長などありませんから、

ほとんど無意味な死ということになります。



たとえ来世に生まれ変わったとしても「スゴロク」でいうなら「振り出しに戻る」と同じです。



結局やり直しの人生をするだけのことです。  



「生きる意味」とは、人間を成長させることにありますから、

成長させるための努力をしないといけません。

その成長させる努力というのが、しっかり生きることなのです。



我々人間は、生きているだけでかなり成長しているものなのですよ。

生きるということは、それだけで意味のあることだからです。  



生きていると、様々な体験をすることになります。

この体験が、いずれ私たちの血となり肉となるのです。



生きるというのは、自分のために生きるのですから、

世間体を気にして「良い子ぶりっ子」をして生きる必要はないのです。

世間の目ばかりを気にして生きていると、

段々自分じゃない自分が作られて行ってしまうものです。



つまり、よく見せようと思えば思うほど、

頑張れば頑張るほど、

自分をよく見せようとする「我」が育ってしまうのです。



その結果、我の強い人間を作ることになってしまうのです。    





自分らしく生きるためには、

自分の心に無理をかけずに自分の心と体に相談しながら、

物事を決めていけばいいと思います。



あまり自分自身の心に負荷をかけ過ぎると、体が悲鳴をあげてしまい、

これが病気の引き金になってしまうことだってあるのです。



昔から「病は気から!」と申しますように、

病を治すには、自分の心を楽にしてあげることも大事なのですよ。



つまり楽しんで生きることが大切ですね。  



あまり周りに気を使い過ぎずに、自分が生きたいように生きればいいのです。  

これは別に「わがままになれ!」と言っているわけではありません。



分相応に、自分のやれることをやればいいだけのことです。

「誰かのために、こうして生きなければならない・・・」などと思う必要はありません。

あくまでも自分の人生なのですからね。

自分の人生を大切に出来ない人が、

他人の人生を大切にする筈がないですからね。



繰り返しますが、親の目を気にし、人の目を気にして生きることはありません。



分相応に楽しく生きて行こうとする努力が一番ですからね。




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