24.霊能力者への道



「芸人」は、無名では食っていけませんから、

人を笑わせたり驚かせたりして「有名」にならなければいけませんが、

霊能力者は、「芸人」ではありませんので、

「無名」だって問題ないのです。



霊能力さえあればいいのですからね。  



霊能力者は、霊能力を研きながら「道」を究めていくことが修行ですから、

私は、「武士道」に通ずるものがあると思っています。

ですから、私の修行は「武士道精神」でやっていこうと考えています。

だからと言って、荒行をするわけではありません。



武士道と同じような「こころ」を研く修行がしたいのです。  





生前、我が師匠が、おもしろいことを言っていたことを思い出しました。  

「日宗さん、プロレスは見るかい?」と言うのです。

「いったいなんだろう」と、思ったら、

「プロレスを見ると、なにくそ!という闘志がわいてくるから見なさいよ!」

ということだったのです(笑) 。 



そんなことをフッと思い出したものですから、

普段はほとんど見ないテレビを昨年暮れに見てみました。

珍しく見たテレビは、「プライド」です。

同じリングにあがるもの同士でも、目指す「道」が違うと、

こんなに違いが出てしまうものなのだな・・・と、しみじみ感じました。  



「エンターテイナー」と「侍」じゃ勝負にはなりません。

私も「エンターテイナー」ではないので、

真剣に「道」を究めていきたいですね。





世の中には、実際は力がないのに、結構「自信家」がいるものです。

神様はそのような「おごる者」には、決して霊力を授けないような気がします。



思い起こせば今から15年前、

「あなたも私のようになりますよ!」

と師匠に言われ、何もわからない私が、

ただその師匠に教えられるままに歩いてきました。



いつの間にか、私にも祝詞やお経が読めるようになり、

気がつけば霊視ができるようになっていたのです。



初めの頃は、師匠とは同じようには視えず

「あなたには、そう視えるんだね!」

と言われておりましたが、

次第に同じ答えを出せるようになっていったのです。

これはひとえに、師匠が私の後ろでパワーを送り込みながら、

一緒に霊視をしてくださったお陰だと思っております。  



広い世の中ですから「霊視ができる人」というのは、結構いらっしゃると思います。



しかし、それだけでは何の意味もなさないのです。



霊たちを視た時に、その霊たちが

「何が言いたいのか?何を求めているのか?」

を、理解できる力がないと、ただの傍観者となんらかわりません。





やはり、霊能力者として大事なことは、

「視えたものを、どう処理できるか?」だと思います。





たまに「私は霊が見える・・・あるいは霊感がある・・・」と言って、

霊能力者きどりで人をたぶらかしている人がいるという話を聞くと、

水戸黄門じゃないですが、お灸を据えてやりたくなるときがあります(笑)。



私は、本物の霊能力者(我が師、十条の先生)を見て育っているせいか?

偽者を見ると、たまに懲らしめたくなるときがあります(笑)。



私も「霊能力者きどり」と言われないように、精進していきたいと思っております。





余談ですが、霊能力者として「可もなく、不可もなく!」などと言われているようじゃ、

我が師に申し訳が立たないですからね(笑) 。




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