166.今世での使命を全うする



私の母は若い頃から病弱だったようで19歳の時に盲腸を手術して以来、とても普通に結婚して生活していく事など有り得ない身体になっていたようでした。

私の記憶では母の下腹部はどこが臍(へそ)なのかが分からぬほど手術の痕が痛々しいかぎりだったのです。

昭和25年頃の医療技術じゃ仕方のない事だったと思います。

私の母は37歳の時に最初の脳内出血を起こし、それからは無理をさせられない身体になりました。

そんな母でしたので、悪ガキだった私も母が喜ぶような事をするのが私の喜びになって行ったのです。

しかし、その母も8年後の45歳になってまもなくの事、再びの脳内出血により他界いたしました。

そんな事もあり私は体が弱い方や余命いくばくもない方に対しては特別な思いで接して来ましたが、残念ながら対象となる方々は私を必要としませんでした。

これは本当に残念な事なのですが、いつも些細な事が原因で袂を分かつ結果になる事が多かったように思います。

そんな事を繰り返しながら辿り着いた結論が、今世での≪苦しみ≫は前世での自分自身がした事に対しての因果応報なので、自業自得であるという事です。

これが、今世において「なぜ、あんなに良い人がこんな酷い目に遭わなければならないの?・・・」というような事件や事故が起こる所以です。

その事を受け止めて今世では前世での失敗を繰り返さぬように、精一杯努力しながら生きる事が皆さんに与えられた使命だと私は思っています。

私が思うに【京都】は前世で自分が犯した罪障を消滅させるためには最適の場所であり、

【奈良】は心身が病んでいる方や魂が萎んでしまっている方が再生を計る場所です。


私はたとえ前世がどんな人物であろうと、今世でどんな生き方をして来た人物であろうと、今世で「やり直したい!自分の生き方を変えたい!」と思い努力する人をサポートしていくつもりです。

それがこの世での私の使命だと思うからです。






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