「私は悪くない?」

              



交通事故などで、10−0という具合に

一方的に片方の者だけが悪いというようなことは、ほとんどないそうです。



それは、必ず双方に何らかの過失があるからだそうです。



これは交通事故に限らず、人と人とのケンカ(夫婦喧嘩も)においても

いえることではないでしょうか?



お互いに相手のことをののしったり、

あるいは相手のことだけを責めている人を見かけますが、

案外、相手のことを責めたてる人の方に

「非」がある場合が多いのかもしれませんよ。



自分だけが正しくて、悪いのはすべて相手などということは

ありえませんからね。




話はちがいますが、


「私は他人が思っているほど、馬鹿じゃないし、私はやれるんだ・・・」


と思うような人は、自分自身をふるい立たせることはできても、

謙虚さに欠けています。




こういう傲慢さを持っている人は、

必ず体の中から自然にそういう臭い(習気・じっけ)を発しているものです。



初めのうちは、その自信満々の態度にひかれる人もいることでしょうが、

実のないメッキはしだいにはがれてゆくものです。



最終的には、その傲慢さが他人を遠ざける結果となり、

孤立してしまうことでしょう。



また、たとえば野球チームに所属していて、

そのチームの監督に実力を認めてもらえず、

使ってもらえなかったとします。




その時に


「あの監督が思っているほど、私は悪くない!」


と思っているような人は成長しないのですよね。




逆に


「あの監督に使ってもらえない理由が、どこかにあるはずだ・・・」


と思って、謙虚に自己分析するような人は、

どんどん成長してゆくものです。




「相手にも原因はあるけれど、私にも、

自分では気づいていない「非」があるのではないだろうか?」


と自分の「非」というものも見つめようとする人は、

同じ失敗を繰り返さないものです。




そして成長してゆくのです。



常に相手だけを責め、私は悪くない!と思うような人は、

何度でも同じ失敗を繰り返していくものです。



たとえば、故障車の原因究明をしないまま、走らせていればいつか、

大事故が起こってしまう可能性だってあるわけです。



大事故を起こしてしまう前に、常日頃の車の点検が大事なんですよね。



これは人にも言えます。



自分のしていることが、道にそっているのかどうか、自分自身を

見極めてゆく時間を持つことは、とても大事なことです。



目の前で起こる現実を謙虚に受け止め、

努力してゆく姿勢が大事なのではないでしょうか。




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