運を逃がす人





私は、運をつかむチャンス、生き方を変えるチャンスは、

どなたにも平等に与えられていると思います。



それを活かせるかどうかは、その人自身の素直さにある! と思うのです。



私の元へは、さまざまな年齢層の方々が訪れますが、

【素直さ】というものに年齢は関係ないと思います。



たとえば、私が「あの神社に行くといいよ!」

あるいは、「お礼参りに行ってくるのだよ!」

と言った時に、運をつかめる人は「はい!」とだけ答え、

運をつかめない人は、グダグダと理屈を並べ

「今は経済的に無理なので、お金が貯まったら行ってきます。」

という具合になるのです。



苦しい時は、お金をかき集めてでもお参りに行くのですが、

願いが叶いだすと、お礼参りは後回しにするのです。



これじゃ運を自ら逃がしているようなものです。



今までの自分の生き方では、うまく行かないからこそ、

私の元へ来たはずなのに、

【ここが肝心な所】という時に、自分のわがままが出てしまうのですから、

どうしようもない・・・。



自分の考えを捨て、他人の意見を聞く耳を育てないかぎり、

到底人生を変えられるわけがありません。



こういう人は、見方を変えれば【わがまま】なだけなのです。



自分の願いが叶わないと、

他人のせいにして、相手ばかりを責めようとする。



自分にだって非があるはずなのに、

すぐに相手に責任転嫁してしまうのです。



これでは、神様だって人間だって呆れます。



なぜ、このようなことを書いたかというと、

私にも痛恨の判断ミスが過去にあったからなのです。



それは、わが師匠の元に通いだして2年半が過ぎた頃でした。

当時私は、一度も師匠のご指導を破ったことがなかったのですが、

たった一度だけ「はい!」と言えないことがあったのです。



それは【ある家の神棚への魂入れ】と

【29歳の命の重み】との選択を迫られていた時でした。



私は考えたあげく、後者を選んでしまったのです。



それがもとで、私は6年半もの間、

師匠に干され続けることになってしまったのです。



結局は、師匠がおっしゃった通り、

助けるべき人達ではなかったようでした。



後悔さきにたたず!です。



なぜなら、私に29歳の嫁の命乞いをしてきた方が、
 
それから3ヶ月後に、

「あんなにお金がかかるなら、早く死んでもらいたい・・・」というような

始末だったからです。



あの時、私に患者さんの取り巻きまで見通す霊能力があったなら、

もっともっといい修行ができたかと思うと残念でなりません。



それほどに、師匠のそばで修行するという事には、意義があったからなのです。



それからと言うもの、私の6年半におよぶ【一人修行】が始まったのです。



やはり【運を逃がす人】は大事なところで選択ミスを犯しているものなのです。



一時の感情に振り回されることなく、

しっかり先を見通していきたいものです。



私の場合、

「あと5年で大したものになるよ!」と言われていたにも拘らず、

師匠の指示に従わなかったばかりに、

大成するのは3倍先の15年後に変更になってしまったのですからね・・・。



たかが、一つの失敗で・・・というかもしれませんが、

「一事が万事!」に繋がる可能性があったので、

師匠はあえて厳しい措置をとられたのでしょう。



今の私があるのは、春木屋別館さんをはじめ、

私の所にみえる相談者の方々の後押しをうけて、

師匠の下へ通い続けられたからこそです。



情けないですが・・・。



そして、その時によく師匠に言われた言葉が、

「あなたは、私の話を信じられないのでしょう!
 
そういう人は、ここに来る必要はない・・・」だったのです。



それでも通い続けて6年半後、ついに誤解が解け、以前のような

『婆ちゃんと孫』のような師弟関係に戻れたのです。



私個人にとっては、毎週通えていたものが、

年に数回になってしまったことは、
 
私の修行にとって、とても痛手となりましたが、
 
その反面、自立心が育ったのではないかな?

と思いたいです。(笑)



これからも修行の道を外さないように、努力していきたいものです。



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