ひとり欠けても




みなさんは、「自分」がこの世に誕生するまでの家系図を

作ったことはありますか?



まず、「自分」、「父」「母」、次に「父方の祖父」「父方の祖母」

「母方の祖父」「母方の祖母」、それから、それぞれの「曽祖父」

「曾祖母」というように作ってゆくのです。



そうすると、誰でもが人と人との繋がりによって、

生まれてきていることがわかってくるものです。



あなたは、自分で作った家系図の枠の中に、

どれくらいのご先祖様の名前を書き入れることができますか?



もし、この中のたった一人でも欠けていたら、

あなたという人間はこの世に存在していません。



その事を十分認識して先祖供養や、お墓参りをすべきです。



もし、あなたがおばあさんになって亡くなった時に、

たとえば、孫から

「おばあちゃんの名前なんか覚えてない!」

などと言われたとしたら、

あなたはどう思いますか?



悲しくなりませんか?



せめて、自分の2代前の4人の名前ぐらいは

覚えて欲しいものです。



もし、ご先祖様の名前が分からなければ、

市区町村役場などへ行って除籍謄本を取れば、

先祖の名前などをさかのぼって調べる事が出来ます。



ご先祖様に対して『意識を持つ』という事は、

ご先祖様とあなたとの絆を深めることにもなりますので、

とても良いことだと思います。



そういう意味で、お墓参りなどは最適ではないでしょうか。



お墓参りというものは、心を込めてするものであり、

決して体裁を考えてやるものではありません。



もし、世間体を考えてやっているのでしたら、

それはなんの意味もありませんからね。



どういう気持ちでお墓参りをしているのか? は、
 
ご先祖様がちゃんと見ているものですから・・・。



本来は「あ~、あの人のお墓参りに行きたいな。」 と思った時に行くのが

ベストだと思います。



「お盆だから、お墓参りしなければいけないなぁ~」と

いうような、義務や義理で行くものではありません。



私が相談者の方に

「先祖のお墓参りは、キチンと行くべきですよ!」

と告げると、たまに、こんな事を言う人がいます。




「本家がお墓参りをしないのに、

なぜ分家の私達がやらなければならないの?

お墓参りは、本家がやるべきでしょ?・・・」


「本家が勝手な事をしてるのに、

なぜ、分家の私たちが好きな事も出来ずに、

お墓参りばかりしなければならないんですか?」


と・・・、なんともトホホな人たちです。




本家も本家なら、分家も分家という感じです。



お墓参りは、ご先祖さまをご供養したり、

日々の感謝の気持ちを伝えたりするものなのに・・・。



確かに、日本の社会では、

本家が「家」や 「墓」を守るものとされていますが、

よく考えてみてください。



今、あなたがこの世にいられるのは、

ご先祖様達がいらっしゃったからであり、

先祖の誰か一人でも欠けていたら、あなたはここに存在し得ないのです。



そして、あなたが今味わっている幸せも

有り得ないはずです。



ですから、お墓参りに本家も分家もなく、

みんなで大切にしなければならないものなのです。



先祖を大事にできない人は、

自分自身もまた滅びゆくことになるものなんです。



同じ事が「仏壇」についても、いえます。



やはり「本家が仏壇を守るべきだ」とか、

「分家は仏壇を設けるべきではない」

と言うのを耳にすることがありますが、

本家を守る「あなた」にも、分家の「あなた」にも、

それぞれに感謝すべき同じご先祖がいるはずです。



ですから、ご先祖を思う場所を、

それぞれが設けても決して悪い事ではありません。



最後に、もう一度言いますが、お墓参りは 「心」 でするもの!



お墓参りは、ご先祖様への感謝をもって、

「心ある方」 がすべきであって、義理でするものではありません。



そして、心ある方なら誰でもしていいのです。

他の誰がお墓参りに行こうが、行くまいが、
 
そんな事はどうでもいいことなのです。



もっとも大切な事は、

「あなた自身が、純粋な気持ちでお墓参りに行けるかどうか?」

が大事なことなのですからね。
 
 
 

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