「知っている」と「やれる」とは違う




お酒の席などで、よく 野球談義になったりすることがあります。
 
すると、プロ野球解説者なみにルールに詳しく
「こういうケースは、こうするのがセオリーなのです!」という具合に
野球常識を知っている人がいるものです。
 
そこで、
「じゃ明日、草野球の試合があるので来てくれないかな?」と話をふると、
途端に顔が曇ってしまう人がいたりします。
 
これはつまり、口で言うほど、
実際に「野球をプレーすること」ができないからなのです。
 
これは野球を「知っている」のと「やれる」とは、
まったく別ということだからです。
 
これは、「霊に関すること」にも言えることです。

全世界を見渡せば、霊に関する情報や知識は、
日本よりはるかに豊富ですから、それらの事を勉強したうえで、
人前で上手に話すことさえできれば、
偉大な「心霊博士」と言われることでしょう。
 
それだけでなく、
霊視やお祓いの真似をして見せて、上手に話をすれば、
これまた「霊能者」と思われてもおかしくないわけです。
 
しかし、先ほどの話ではないですが「知っている」のと「やれる」のとでは、
わけが違います。
 
これは草野球ができないのとは比べものになりません。
 
場合によっては、
命にも関ってしまうことさえあるからです。
 
そういうことだからこそ、決して霊能者のふりをしてはなりません!
 
これは、たとえ霊能者であっても、同じことが言えます。
 
自分の力以上のことをやろうとすれば、
霊能者だって体をこわしてしまうからです。
 
やはり、自分自身の身を大切にする意味でも、
分相応の生き方をしてゆくことが大事ですよね。
 
また、こういう場合もあります。
 
霊能者に
「あなたは○○神社へ行った方がいいですよ!」と言われた時に、
すぐ行ける人と自分の都合に合わせて行く人がいますが、
自分の都合に合わせて行った人の場合は、もうすでに、
良いタイミングを逸していることが多いですから
運を逃すことが多いようです。
 
つまり、言われた時が「その時」ですから、遅れて行った時には、
すでに神様がいらっしゃらないことがあるんですよね。
 
“善は、急げです!”



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