気持ちが弱いと・・・





人間が生きていくためには、何といっても気持ちが強くなければ
この世の荒波を乗り越えてゆくことはできません。
 
昔から、男が一歩外に出れば
7人の敵がいると言われているくらいですからね・・・
 
ここで誤ってもらっては困るのは、
「気持ちが強い」のと「我が強い」のとは、
全く別なものであるということです。
 
「我が強い」というのは自分を信じる力が強い人のことをいい、
これは本当に困ったもので、
例えば「あなたの場合こうすると幸せになりますよ!」と、
神仏から啓示されたとしても「ハイ」と言えないのです。
 
結局自分の信じた答えの方へと
歩いていってしまうのです。
 
そういう人は、霊能者の元へ行く必要がないと思います。
(話が脱線してしまいました・笑)
 
そして、私の言うところの「気持ちが強い」というのは、
「信念が強い」ということを言っているのです。
 
特に神仏を信じる心のことです。
 
普段何でもない時には、
「自分の気持ちが弱い」あるいは「信念が弱い」ということを、
あまり意識することはないと思いますが、
ハプニングが起こった時などには、
それがもろに現れることが多いものです。
 
たとえば、不幸がおそってきた時とか、病気を患った時とか、
人に脅迫された時とか・・・。(笑)
 
大概の人間は
「どうしよう どうしよう・・・」ということになってしまうものです。
 
でも、実はそういう時が、生きていく上での勝負どころなのですよね。
 
自分の命を、神仏という目に見えない大きなものにあずけてしまうと
本当は楽なんです。
 
それこそ、
「ここで、もし命を落とすようなら、それまでの人間でしかない・・・」
という具合に、身を任せてしまえればいいわけです。
 
「いつ、どこで、どんな風に死んでも本望だ!」と言えるような、
普段からの生活がとても大事なのです。
 
日々悔いが残らないように、
精一杯命がけで生きることが大切です。
 
しかし、頭ではわかっているつもりでも、
これらのことは本当に自分の体が衰弱してきて、
自分がいつ死ぬかわからない・・・というような状態にならなければ、
なかなか理解できないかもしれません。(笑)
 
霊視やお祓いなどをしていると、相手の背負っているものが、
私の体に入ってきてしまうため(参考に映画「グリーンマイル」を観てください)、
かなり体を消耗してしまうのです。
 
だから、見た目よりもかなり年老いているのです。(笑)
 
私は常に他人様のお役に立てて死ねるのなら、
いつ死んでもいいや!と思って生きています。
 
だからこそ、
私は何を最優先にやらなければならないかを考えて生活しています。
 
自分に与えられた能力を最大限に活用し、
それを私の家族も含めた自分以外のすべての人々に活かせたなら、
こんなに素晴らしいことはないと思っています。
 
神仏の意思に、身を任せながら生きるということは、
捨て身になるということです。
 
実はこの捨て身の人ほど、強いものはないんです。
 
私は、この与えられた命を大切に、
活かして生きていきたいと思ってます。



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