聞く耳を持て






神社・仏閣をお参りする人であれば、どなたでもその神様、仏様に何度でも

会いたいと思うのが普通だと思います。



「おかげさまで・・・」という気持ちがあれば、お礼参りを兼ねて

「また、よろしくお願い致します!」と、謙虚に何度でも行きたくなるもののはずです。



これは別に、現在自分が不幸だから

繰り返しお参りに行かなければならないというわけではありません。



一般的には、ありがたいことが起きていればいるほど、

なおさらお礼参りに伺いたくなるものです。



最近は大概の神社・仏閣であれば、お金さえ払えば、

神社の神様や仏様にお目通りが叶うのですが、

なかには商売とは全く関係なく神様や仏様を

おまつりしているような所もあるわけです。



そういう所においては、

どうも人を見て判断されることがあるようです。



つまり、奥宮のような所に通される方と駄目な方に分けられるのです。




駄目だった方の中には、


「なぜ、私の気持ちが分かってもらえないの?私は神様・仏様にお会いしに来たのよ!

神様・仏様に仕えている者であれば、それくらいのことは分かるはずじゃない・・・?」


などと言うように、判断をくだすのは相手方であるはずなのに、自分の主張のみを

通そうとする者もいるわけです。



結局、神様・仏様にお目通りを許される人というのは、

「聞く耳を持っている人」なのです。



つまり、仮に駄目と言われた時に「私の言うことを聞いてよ!」という人ではなく、

駄目と言われれば、「はい」と素直に聞き入れることができ、他人の話を捻じ曲げずに

受け止め、ちゃんと聞く心を持っている人が選ばれるわけなのですよね。



何歳になっても素直な心を持ち続けていきたいものです。



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