祈祷・祈るということ




神社の社務所へ行くと【御祈祷】、お寺の寺務所へ行くと【御祈願】と書いてあるのですが、この【御祈祷】・【御祈願】とは、神様・仏様に祈り願う事を言います。


しかし、実際の神社やお寺へ行ってやっていただく【御祈祷】・【御祈願】は形式にとらわれて、ただ決められた言葉を言っているだけにしか思えない所があります。


つまり、祈るというよりも神様・仏様に対して祈願者の想いを口先だけでお願いしているだけに過ぎないように感じます。


このように感じるのは、私だけでしょうか?


たとえば、自分の大切な人が何かを必死に求めているとします。あなたなら、どのように神様・仏様に対して祈りますか?


ただ文章を読みあげるだけの祈りですか?


大概の人は、跪いて一心に「どうか願いを叶えてあげてください!」と念じる筈です。


御祈祷(御祈願)する者は、自分の身を削って一心に念ずるからこそ、神様・仏様にその想いが伝わるのだと思います。


一徳は【三輪山】を登拝した後に、一日に2~3度繰り返し御祈祷をしています。


本来、全身全霊で御祈祷(御祈願)をした場合には、あとで抜け殻状態になってしまうものなのですが、そのような状態になるまで御祈祷(御祈願)をされている神職や僧侶がいるでしょうか?
 
近年は【念ずる力】を養うための修行をしている方々が少なくなって参りました。


私が知っている範囲では三輪山に一人、伊勢の音無山に一人ぐらいです。


最近は頭でっかちの学僧のような方々が多くなって来ているように感じます。


~お祓い~


この世には、私たちの目に見えなくても、私たちを見守ってくださっている存在がおります。


私は【目に見えない存在】を信じられないという方々に、是非行って欲しい場所があります。
 
それは岩手県二戸市の金田一温泉にある旅館【
仙養舘】さんです。


座敷わらしは、一般的には目に見えにくいですが、【仙養舘】にはその座敷わらしがいるのです。


この【目に見えない存在】には、大きく分けると、『良いもの』と『悪いもの』とがあります。


先程の【座敷わらし】は、福の神と言われているぐらいですから『良いもの』の代表と言って良いでしょう。


しかしその反対に『悪いもの』の代表と言えば【生霊】です。


相手に対して≪ねたんだり≫≪やきもちを妬いたり≫すると【生霊】となって飛んでいくのです。


この生霊が≪邪気≫となって相手を苦しめるわけです。


この≪邪気≫を吸ってしまうと、頭痛・肩こり・吐き気・めまい・異常な寒気や眠気が襲って来るのです。


私たちの生活空間には、これらの≪邪気≫が蔓延しています。


たとえば皆さんの中には、下記のような体験をされた方はいないでしょうか?


・さっき○○○さんと会ったら、急に寒気がしてきた・・・。


・○○○さんに会ったら、急に頭が痛くなった・・・


・あの場所へ行ったら、急に吐き気がしてきた・・・。
 
このような状態になった時を【毒気(邪気)に中った】と言うのです。


某テレビ局のある有名な女性ニュースキャスターの方などは、この≪邪気≫を取るために、毎日必ず霊能者の所で【お祓い】を受けてからスタジオ入りしているそうです。


逆に言うと、これぐらい念には念を入れないと、やっていけない世界なのだとも言えるかもしれません。


是非、一日の体の汚れを『お風呂』で洗い流すように【お祓い】を受けて、清々しい身体で生活してください。


直接お祓い】は妙光、【遠隔お祓い】は一徳が担当しておりますので、少なくてもニ週間に一度は【お祓い】をしてください。


きっと体が軽くなった事を実感できると思いますよ!


 
 
 
 




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