霊能者の寝言☆修行の目的☆霊能者の開運霊視

霊能者の寝言

修行の目的

毎年8月24日〜9月1日まで、
山形県の羽黒山の麓にある荒澤寺では 山伏の修行を行っています。



私も平成11年に参加させていただきました。



その時の体験が、今の私を支えているのです。



当時、
私は山伏の修行とも知らず、ただ修行がしたくて参加したのです。



その修行中、私は自主的に断食を始め、ちょうど断食7日目に当たる 最後の修行の日に、
月山を登り湯殿山へ行き、そして再び湯殿山から月山に登って降りて来るという修行をしました。



最後の月山頂上付近では、足が痙攣してしまいましたが、
なんとか目標を達成することができました。



これも神々様が見守ってくださったからこそ、成し得たのだと思っています。



それと、人間は諦めさえしなければ、なんとかいい所までは行ける!
ということを実感した瞬間でもありました。



修行というのは、別に断食をしなければならないとか、
荒行をしなければ物にならないということではありません。



修行は、普通に気負わないで、
大切なことを実践していけば良いだけのことなのです。



今日は、
雨の中「身守りお札と魔除けのお札」を持って、山梨県の七面山に行っ て来ました。



天の恵みをたっぷり吸収した今回のお札は、
普段以上のパワーを発揮してくれそうです(笑)。



たとえ雨が降っていても、
やはり霊山に登ると気持ちがすっきりしますね!



修行というと、
以前ある神社の宮司さんが、こんな事を言っていました。




「最近は、実際に体験してもいないのに、
本を読んだだけで 何でもわかったつもりでいる人が増えてきました。
理屈ばかりをこねて、頭でっかちの人が増えてきているようです。
実際に汗をかいて何かを感じ取ろうとする人が少なくなってきましたね・・・。」

と言って嘆いていたのです。



昔から修行者というのは、
汗水流して真剣に取り組んで何かを掴んできたのです。



実践もしないで、
本を読んだだけで悟りを得た修行者などおりません。



悟りというのは、たとえ頭でわかっていても、実際に悟りを活かせないようでは、
本当に悟ったとは言えないのです。



現代は、
頭でばかり理解して、行動しない人が増えているような気がしてなりません。



修行の本当の目的は、
超人的な霊感を育てるためのものではありません。



本当の修行の目的とは、心の眼を育てることにあると思います。



この心の眼が育ってくると、
妄想に苦しむこともなく、現実を直視できるようになるのです。



そうなってこそ、状況に適した判断が下せるようになるのだと思います。

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