霊視を見間違えると・・・



今日は、久しぶりにHIROMASA殿の母上と話をしました。



今日は下北半島を一周してきたそうです。



タフですね〜感心してしまいます。



切磋琢磨しながら、

お互いが成長していくというのは、素晴らしいことですね。



私も今まで以上に、日々精進して行こうと思っています。



私は霊視をしていると、時々前世の姿が視えてくることがあります。



しかし、前世が誰なのかを見間違えて伝えてしまうと、

とんでもない事になってしまいますから、

人に伝える場合は慎重に口にするようにしています。



なぜなら、人間の感情というものは、思い込みや前世の記憶が反映されて

「この人は、前世においては私の敵だ!」と感じると、

途端に嫌気がさしてしまうことが多いからです。



本来なら、前世からの感情も何もかも清算するために

生まれ変わって来ている筈なのですから、そういうマイナスの感情を

乗り越える努力をしなければならないわけです。



その努力をしないと、

生まれ変わった意味が無くなってしまうからです。



心を豊かに成長させていただきたいものですね。



以前、京都の観光タクシーの運転手さんに面白いことを

教えて頂いたことがありました。



公家と武家では、家の屋根の造りが違うらしいのです。



公家というのは、例えば源氏と平家のどちらかに付かなけば

生き残れないという時には、その時々の状況に併せて、

あっちに付いたりこっちに付いたりしながら生き延びようとするわけです。



そうしなければ、生き残れないわけですから、

そういう柔軟な姿勢が自然に丸みを帯びた屋根に表れているのだそうです。



逆に武家の方はというと、

白か黒かをはっきりさせないと気が済まない性質を象徴して、

屋根も真っ直ぐになっているのだそうです。



面白い見解ですね。



もし、前世の霊視で公家か武家かを見間違えてしまったら、

この世での生きるべき生き方そのものを、

変えねばならないわけですから大変なことになってしまいます。



現実的な事を言うと、お参りに行くべき所も変わりますから、

大変な出費になってしまうわけです。



もしもこれが、

南朝方と北朝方を間違えていたとしたら、それこそ大変なことです。



味方がいる場所だと思って住んでいた場所が、実は敵方の土地で、

気付いた時には、敵陣奥深く入り込んでしまっていた場合などは、

もうお手上げでしょう。



何をやっても上手く行くはずが なく、

孤立無縁になってしまうことだってあるかもしれませんからね。



昔だったら、討ち死にしてしまうような状況です。



何故そういう風になるかと言うと、先程も言いましたが、

人というのは何らかの形で前世の事を記憶している場合があり、

その時代の感情が蘇って、敵を排除したくなるようだからです。



最近は何故か?前世が南朝方であるような方が多くみえます。



そのせいもあってか、お参りに行ってみると、

南朝方ゆかりの場所だったりすることが多いのです。



もしかしたら、

私自身も南朝方にゆかりがあるのかもしれません。



それはそれとして、なんと言っても、前世を知ったうえで大事なことは、

前世と同じ過ちを犯さないことです。



前世で敵だった人を、いつまでも敵意識でみるのではなく、

そういう人といかに仲良くやっていけるかを考えて生きることが大事なのです。



「あの人は、前世で私の敵だから、私と合わないのだ!」などと

言っているようではいけませんよ。



皆さん、心を大きく持って、心を成長させながら生きていきましょう!






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